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poweredbyspirit’s diary

人生そのものがプロジェクト!

受け入れる心

私たちの回りに起こるあらゆる出来事について
「絶対、無理!」
ということがあると思います。

私たちは神様ではないので、自分自身の「標準」とか「常識」というモノサシをもっています。


そのモノサシで測れない、あまりにも自分勝手な相手が目の前に現れ、なおかつ相手とは利害関係のある立場であれば、こちらは、最初は我慢していても、限界というものがやってきますよね。

「あの人、どうかしてるよね!」
「世間の常識から完全に外れてしまっている!」
などという憤りの声が聞こえてきそうです。

そんなとき、もし神様がそこにいたなら、そのように常識を逸脱している相手に対して神様ならどう対処するのでしょうか?

・相手に反省を促すための注意を与えるのでしょうか?
・いくら話しても理解できない相手だから無視するのでしょうか?
・人間社会にとって何の益にもならない相手なので虫に変身させるでしょうか?
・すべてを受け入れて、そうかそうかと、邪心なく聞いてあげるのでしょうか?

自分と利害関係がある相手であれば、相手の言い分ばかり聞いていると、結果的に自分が本来ならしなくてもよい損をすることになる場合がありますよね。

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しかし、おそらく神様はすべて相手の言うことを、そうかそうかと受け入れて聞いてあげるのでしょうね。そうでなければ、神様の値打ちが下がってしまいます(笑)


しかし、私たち人間はなかなかそうはいきません。相手の意見に耳を傾けるが、受け入れるのはなかなか難しい。


ときどき、自分は他人に対してどうしてもっと寛容になれないのかと葛藤することがあります。


私はよく親切だとか寛容だとか言われることがありますが、実は内心では決してそんなことはないのです。


頭の中では

・そんなことをしても意味がないだろう。

・まだまだ人間社会で揉まれていない。

・そう考えるあなた自身が常識的ではない。

・あなたには無理かもしれない。

などと、いろいろな想いが脳裏をよぎるのです。


相手のそのままを受け入れる寛容な心を持てるようにしたいと常々思います。


ビジネス社会では、WHY とHOW を考えることで、クリティカル・シンキングを磨くことは大切なのですが、人間関係においても同様であれば、摩擦を生じることが多くなるでしょうね。


受け入れる心を育むことは、人生の究極の目標なのかもしれません。精進します。


ありがとうございます。